プログラムの犬  さい様作品




プログラムの犬




  背中に感じる硬い重み。伸し掛かるのは四つ足の獣。
 容赦なく打ち付けられていた腰の動きが止まると、途端に背中から降りて尻を突き合わすように向きを変えるが、粘液に濡れた肉の楔は抜けないように根元を膨らませ、びたびたと腸壁を叩き付けながら長い射精を続ける。まるで体内で放尿でもされているかのようだ。
 肌が嫌悪に粟立つ。
 何度繰り返されても決して慣れることのない罪悪。
 四つ足の獣に伸し掛かかられ、性器を捩じ込まれるのをただ泣きながら耐えるしか術がない。

 醜い、汚い。
 けど最も唾棄されるのは――己だ。

 無力を罪だとは思わなかった。
 自分が無力だと思ったこともなかった。
 けれど今出来ることは、ただ泣きながら耐えることだけ。
 自分はただの肉の器でしかない。
 ただそう言い聞かせながら。


 ある日、突然――世界が消失した。


 財産や名声と言った後天的付加価値を取っ払った、最大限の基本カテゴリであろう「人間」と言う立場から、何の前触れもなく放り出された。揺らぐはずがないと信じていた足下が呆気なく崩れ落ちた。
 服を剥がれ、四つ足で地を這わされ「犬」と言う烙印を押された。
 犬の役目は人間――主人に仕えることだと言う。
 肉体も精神も全てを捧げよと。
 神をも恐れぬあらゆる罪と背徳に身を浸す。
 
 救済はあるのだろうか?
 神は存在するのだろうか?
 
 神はいなくても――地獄は存在する。
 
 
 背中に滴り落ちる、獣の生臭い唾液に吐き気が込み上げる。
 自然の摂理に反する獣以下の諸行。
 ダンテの「神曲」では師のラディーノは男色の罪で火の雨に焼かれていた。地獄でも罪の大きい下層だった。そこにはミノタウロスがいた――半人半獣の化け物――
 自ら望んだことではないが同性の男に組み敷かれ、獣とすら交わらされた身は何処に行くのだろうか。
 この身は何処まで落ちるのだろうか。
 人でなくなった身はもはや罪人と同じ世界にすら行けないのかも知れない。

 ここは狂った世界の狂ったゲームの町だ。
 今の自分は犬ですらない。
 ゲームマスターのコマンドでしか動けないプログラムの一部だ。
 感情も全て仕組まれたことだ。
 何一つ自分の物ではない。
 ゲームの為に作られたプログラムなのだから。
 

 酒場に勇者が現れた。
 何人目だろう。この様にさすがに驚いている。
 希望と言う名の絶望だと分かっていても縋らずにはいられない。
 どうか亭主との勝負に勝ってくれ、この場から救い出してくれ、頼むから皿など洗わないでくれ――
 この願いも、沸き出す涙も……他人に書き込まれたものなのだろうか――?

 勇者は泥だらけだった。娼館にも寄らず、真っ直ぐにここまで来たようだ。
 やはりゲームクリアが第一目的なのか? それとも捕らわれた従者の救出の為か……この者が強いことをただ願う。
 腕っ節は勿論だが、一番は運だ。
 ゲームの世界では最高の力。
 どうか幸運の女神に愛された者であって欲しい。
 己の為に、他者の幸運を祈る。
 もう戻されるのは嫌だ。
 プレイヤーがゲームオーバーすればまるで何事もなかったかのように、また酒場に引き戻される。肉体を失っても風が吹けば甦る地獄の亡者のように。ゲームが終らない限り、プログラムはリセットとスタートを繰り返す。


 プログラムの犬の祈りは届いた。
 最も、酒場の亭主に勝ったのはこの勇者が初めてではない。
 何人か現れたかつての勇者達は選択を誤り消えて行った。
 この身に希望の果ての絶望を植えつけて。
 信じることの愚かしさ、儚さが硬く大きく肥大する結晶となる。

「ありがとうございます、旦那さま」
 だが今は目の前の泥だらけの勇者――プレイヤーを次のステージへと導かなければなら
ない。
 これが役目なのだから。
 ミノタウロスを倒す為に自分の力が必要だと勇者は言った。
 そうだ……この勇者は――自分の為に来た訳ではない。
 ミノタウロスに捕らわれたプラチナ犬か、自分の従者である愛犬を救いに行くだけだ――

「大丈夫か?」
 ダイダロスの養鶏場へ向かう途中、勇者が声をかけてきた。
「本当なら休ませてやりたい所なんだが、生憎時間が気になってな」
 一歩でも前へと、急ぐ横顔。泥まみれでも凛として気高い。まるで本当の王侯貴族か英雄かと言った所だ。
 もしこの勇者が主で、自分が本物の馬ならば、鼻高々と、誇りを持って背に乗せて地を
駆るだろう。
「私がクリアすればお前もゆっくり休めるのかな」
 たっぷり湯を張ったバスタブに浸かって清潔なリネンで眠るといいと――泥だらけの姿で微笑む。よく見れば滑らかな髪にまで飛んだ泥が乾いて固まっている。
 返す言葉が見付からず、曖昧に笑う。
 そんな想定はされていない。

 選択を誤らないで下さい。どうか負けないで下さい。

 予め用意されたこと以外は話せない。
 だけどこの思いは何だろう?
 優しくされると嬉しくなるのは誰の書いたシナリオだろう。

 感情と言うプログラムの迷走。
 仕組んだのは誰だ?
 このゲームが終ったら自分はどうなる?
 いっそ本物の電子プログラムのように完全に消滅してしまいたい。

 絶望と希望を懐に抱いたプログラムの犬は崩壊と解放を夢見る。
 

 願い――そして祈る――


              ―― 了 ――


〔フミウスより〕
一瞬の閃光が文章になったような勢いを感じます〜。短い作品ですが、キースの切羽詰った心理状態が胸に迫りますね〜。さいさまは読み手を引き込んでしまうのでスゴイ!
ご主人様、楽しんでいただけましたでしょうか。
ひと言、ご感想をいただけると鬼のようにうれしいです♪ 
(メアドはaa@aa.aaをいれておけば書かなくても大丈夫です)

       




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